浄土宗・浄土真宗とその葬儀

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浄土宗・浄土真宗とその葬儀

浄土宗

浄土宗は法然(1133~1212)が宗祖で、よりどころとする経典は『浄土三部経』(『仏説阿弥陀経』『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』)です。ご本尊は阿弥陀如来。総本山は知恩院(鎮西派/京都)、光明寺(西山浄土宗/長岡京)永観堂禅林寺(西山禅林寺派/京都)、誓願寺(西山深草派/京都。信者数は630万7888人(『宗教年鑑』文化庁編/平成24年版、※諸派を含む)。

平安時代の仏教は「鎮護国家」を目的とした、主に国家や貴族のための仏教でしたが、次第に民衆の救済のための仏教が頭角を現し始め、鎌倉時代には諸宗派が乱立しました(禅宗系、法華系、浄土系)。

平安時代は比叡山の天台宗と高野山の真言宗がリードしてきました。そこでは「鎮護国家」の発想のもと、修行や加持祈祷が大切なものとして実践されてきましたが、法然は誰もが救われる仏教として、「南無阿弥陀仏」を唱え続けることで救われるとし(称名念仏)、これを民衆に布教しました。法然の教えは、出家して高尚な学問や過酷な修行を実践することができない民衆にまたたく間に受け入れられました。

新しい宗教が既成の宗教から迫害や弾圧を受けることは世の常です。法然自身も晩年には四国に流罪の身となりましたが、それでも現代においてなお多くの檀信徒を抱えているのは、法然の教えが普遍的に民衆の心のよりどころになっているからでしょう。

浄土宗の葬儀は、釈迦に送り出されて極楽浄土に赴くという理念のもと執り行われます。引導や授戒も行われますが、何よりも極楽往生を願う法要で、導師とともに参列者も「南無阿弥陀仏」の念仏を称えます。

焼香回数は1~3回のどれでもよいとされています。

浄土真宗

浄土真宗は親鸞(1173~1262)が宗祖で、よりどころとする経典は『浄土三部経』(『仏説阿弥陀経』『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』)です。ご本尊は阿弥陀如来。総本山は本願寺(本願寺派/京都)、真宗本廟(真宗大谷派/京都)、専修寺(真宗高田派/三重)など。信者数は1058万0206人(『宗教年鑑』文化庁編/平成24年版、※諸派を含む)。

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浄土真宗の教義として、、、

○「絶対他力」
(自らの力で悟りを開くことは悪人である私たち凡夫では困難であり、だからこそ他力(阿弥陀仏の本願力)を信じること)

○「往生即身仏」
(阿弥陀仏を信じる者は死とともに極楽往生を遂げることができる)

、、、があります。

親鸞は師匠である浄土宗の法然の説いた「念仏」と「往生」の教えをさらに深化展開させました。「悪人正機」という考え方がそれを特に表しています。全ての衆生は悪人であり、悪人こそが阿弥陀仏の救済の対象であるとしています。出家や修行にのみ悟りを開くことができるとした当時の仏教界では極めて異端でしたが、阿弥陀仏の力を信じ、念仏さえ唱えていれば極楽往生が遂げられるとする親鸞の教えは、民衆たちに広く受け入れられました。

浄土真宗では、門徒であれば死とともに阿弥陀仏によって極楽浄土に迎えられているとしています。そのため、故人への「供養」は必要とせず、礼拝の対象は故人ではなく阿弥陀仏となります。

浄土真宗の慣習はその他の宗派と比べても独特です。清め塩を用いない(穢れの観念がない)、「霊」という言葉を用いない(中陰がなく死とともに「仏」になるため)、授戒や引導もなく、位牌を用いない(故人ではなく阿弥陀仏を礼拝するため)、などです。

授戒がないため戒名がありません。浄土真宗では「法名」を授かります。戒名のような「○○△△居士(大師)」ではなく「釋○○」となります。

浄土真宗は10の宗派に分かれています。その中でも大きいのが浄土真宗本願寺派(通称「お西」)と真宗大谷派(通称「お東」)です。葬儀の作法や、仏具や供え物は各宗派によって異なります。日常勤行や内仏(仏壇)の仕様も微妙ですが異なります。

焼香回数は、本願寺派では1回、大谷派では2回とされています。

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